とある事務方の備忘録

いち事務方の「私はこう考える」ブログ

なまえがちがいます。

新年の1月もあっという間、あと数時間で2月に入ります。 

自分にとって大切なものは何なのかを改めて考え、答えを出した1月だったと振り返っています。満足せず、「寛容と忍耐」をモットーに、まだまだ自分を成長させていきます。

 

 

タイトルの通り、本日は名前の話を。

 

私は姓名ともに誤字誤読率がかなり高い名前をしているので、読み間違えられたり書き間違えられたりするのは日常茶飯事です。

たまにあるのは、姓名の切る場所が違うパターン。私からすれば「長谷/部誠」並みに違和感を感じる切り方なのですが、他の人はそうじゃないんだ〜とふと気付かされます。

 

毎回思い出すのは、中学時代に一番読み間違いを食らっていた同じ部活動の女の子。「ゆき」と読み間違えられる度に「私はゆうきです!」と必ず叫んでいました。

どんな場面でも叫ぶ彼女は、スムーズな進行を妨げて睨まれることもありましたが、大人になった今から考えれば、名前というのはセンシティブな部分。

絶対に誤読を許さない彼女のスタイルも、ひとつの正義だと思います。そもそもキラキラネームでない読み方を何度訂正されても覚えない教員に非がある話です。

 

かくいう私も、幼い頃は誤字誤読にムッとしたものですが、今は逆に初見殺しからの自己紹介や、昔のあだ名などの話を展開したり、却って役立つケースが多かったりします。

それでも、ビジネスライクな方はさておいて、大切な人達は正しい読みや漢字を覚えていてほしいものです。かつて交際していた女性に読みを忘れられていた時は、流石に私も凹んだものです。

 

自分の誤字誤読はさておき、他人の漢字や読みを間違えないかは、かなり神経を尖らせる部分だったりします。

 

細かい部分は「高・髙」「崎・﨑」など。前職で「髙﨑」さんという部長がいたので覚えられたのですが、ヤマザキさんなどに遭遇したら気を使う部分だったりします。

広い部分というか、全く字が違う誤字、読み間違いは完全にアウトです。仕事で見逃したら事務方は何やってんの?と怒鳴られますし、プライベートでも禍根が残ってしまいます。

 

詳しい話は伏せますが、以前とある議員の名前を、別な議員さんが間違えていたことがありました。喩えるなら、自民の議員が安「部」総理と書くレベルの間違いです。

名誉に関わるので、こっそりこちらで修文しましたが…今後の政治活動ではチェックを綿密にやってほしいものですね(笑)

 

自分にとって自分の姓名が大事なように、人にとってその人の姓名や呼称は大事なもの。

仕事でもプライベートでも迂闊に扱うことなく、敬意を持って臨まなければならない。そんなことを考えていた1月末日でした。