とある事務方の備忘録

いち事務方の「私はこう考える」ブログ

憲法記念日に、憲法を思う

せっかく床屋政談をしたり、ネタは他にもあることはあるので政治的な話題は避けるべきかと考えましたが、

事務方の仕事をする身として、やはり憲法記念日には憲法の話を書きたいと思います。

 

今日で施行から71年。

各地で改憲派護憲派がそれぞれ集会を開いたことも存じ上げています。

 

確かに現在の総理主導気味な風潮で良いのか、タカ派に任せたら無用な戦乱に巻き込まれないか、これはごもっともな心配です。

99条から「公務員は憲法尊重擁護の義務があるのに改正を主張するのはけしからん」という屁理屈を持ち出してくるのはやり過ぎですが。

 

されど、71年の時間が経ちました。

 

GHQ統制下で制定された日本国憲法には、国際連合による集団的安全保障が期待されたが故の規定もありましたが、

東西冷戦に突入して再軍備したが故に、規定と現実に些かの乖離があります。そしてその乖離が71年も放置をされて来た。

その規定は海外にも分析され、「交戦権を否認している日本には、国として向かえば抵抗されない」とまで言われたりも。

 

人口についても、他国に類を見ない三大都市圏(東京、大阪、名古屋)への人口集中、「地方創生」の旗印もむなしく現在進行形で進んでいます。

そんな中で一部の都市住民が考え出した「投票価値の平等」というロジックにより、選挙制度が難解化し、ますます政治が遠のいて行く。

 

はっきり申し上げて、私はそろそろ現行憲法下で解釈変更、悪く言えば言葉遊びでやりくりをするのは、限界が来ているのでないかと思っています。

一歩前に踏み出す、そろそろ憲法改正という大鉈を振るう時が来たんじゃないかと。

 

よく護憲派の方が「憲法とは権力者を縛るものだ」と仰います。間違ってはいません。

一般国民に「貴方は憲法を守る義務がある、◯か×か」というクイズを出題すると◯と答えることを、やたらと問題視されていますが…

 

むしろ、政権与党の「憲法とは目指すべき国のかたち、理想像を書くもの」という観点も重要だと思います。こちらも間違っていません。

フランスは革命やWW2でドイツに支配された歴史、ドイツはナチスを台頭させた歴史など、各国の憲法には各国ならではの、今後こうありたいという理想や理念がある。

ならば、日本も地震や噴火といった自然災害が多い、人口の偏在が現在進行形で進んでいる、少子高齢化に立ち向かうための策が要るなど、わが国ならではの理想を書くべきでは、と。

 

それでも戦乱、二度とあの惨禍を避けたい方々や、あるいは憲法改正という字句にアレルギーがある方々を思えば、

・自然災害のみの緊急事態規定

・選挙の人口比例原則に代わる規定

・教育の拡充にかかる理念規定

などなどが落とし所かと。変えやすい所から手を付けやがってという批判もありましょうが、致し方ないでしょう。

※最後のみ、高等教育無償化とか言い出したらお話は変わりますが。

 

参議院の合区解消(http://toarujimukata-s.hatenablog.jp/entry/2018/02/10/234153)という日記を書く辺り、私が気になるのは「選挙の人口比例原則に代わる規定」です。

 

もちろん、14条や15条ほかがある限り、弁護士グループさんは提訴するでしょうし、これらの規定を改憲するのはあり得ません。

されど、選挙ごとに毎回公選法をいじるという非合理性、区割り変更や合区による選挙ルールがコロコロ変わることへの有権者負担を考えるならば、自民のいう47条や92条の改憲(加憲)がいるのではないかと。

国会法をいじるお話も存じてますが、14条や15条に基づく「投票価値うんぬん」に勝てるかは博打な話です。いやいや国政で博打をされては困ります。

 

時の総理が些か前のめり過ぎになったり、一挙手一投足でハレーション(この場合は悪影響)を与えることもありますが…

私は、日本国憲法は時代に応じて改めるべきと思いますし、いつまでもご本尊かのように有難がっていては、世の移り変わりに取り残されるのではと思います。シーラカンスの如く。

 

些か、私も口が過ぎたかもしれません。

どうあれ、改憲の必要性をこれからも、対話を通じて伝えていければ幸いです。